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らしく生きようぜ 

午後から授業なので10時に起床。

するつもりだったけどふつうに寝過ごした。


起きたのが午後2時。


「今から学校行ってもふつうに間に合わないや」

って感じだから行かなかった。


そんな小さな努力も認めてくれない糞学校なんで

もともと行く気もないですが。(むしろ行きたくない


寝坊したのに、全然慌てなかったくらいだしね。

___________________________



今更ながらに、今の学校を選んだことを死にたいくらい後悔してる。



俺は小・中・高それぞれの学校を

病気以外で休んだことはない。


嫌なこととか嫌なやつとかはいたが、

そういうのを理由に休んだことは1度もない。

学校そのものは好きだった。


勉強は嫌いだけど、

友達と話したり、くだらないことをするのがとても楽しかった。


一般的に言う馬鹿の典型で褒められたものじゃないが、

学校生活は充実していたと思う。


何よりそこに居やすかった。

話しかけられたり、何かに誘われたり、必要とされたり、

そこに「居ていいんだ」という実感が持てたことが嬉しかった。

俺の得意なこと(球技、美術、書道)で誰かに必要とされるのが嬉しかった。


ただそれだけのことである。


でも、今はそれがない。


話しかけられることもないし、

遊びだとか食事だとかに誘われることもない。

球技に関することは授業ではほぼ扱わない。

芸術系統にいたっては作品の出来よりも、

作り終わったか、終わらなかったかの判断ぐらいしかされない。

活躍の場である文化祭の作業は、ほぼパソコンでという感じ。


まぁそれだけならまだいい方か。

独りは慣れてるし。



それよりも教師陣に問題があった。

ちゃんと体験入学まで行って、いい印象を受けたから入学したのに

ひどい詐欺に遭った感じがしてならないのは気のせいではないだろう。


所詮、専門学校にとっては体験入学者なんてのは

ただの金づるに過ぎないのだろう。


入ってしまえば実にうまいもんで

授業はてきとうだし、面倒は最低限も見ないし、

何より真剣みが感じられない。(人のことは言えないが


人は自分より優れた人を手本にして生きていくものだ。

「優れている」という言葉の意味は様々。

頭がよかったり、喧嘩が強かったり、努力家だったり、

統率力や人一倍勇敢だったりなんてのもあり。


BOTを造ったやつもいれば、それを駆除する癌法がいる。






・・・・・・






あ、ごめん。最後のやつ違うね。




話を戻して。


近年はその「自分より優れた人」でならなければいけない先生にやる気がない。

憧れや尊敬の対象がいない。

手本になるはずの人が手本にならなければ意味がない。

手本がいない人は好き勝手に生きていく。


そして成長した結果は見るも無残なものだ。


迷惑をかえりみずに自分勝手な行動をしたり、

平気で人を殺したりする。


自分の好きにしたい気持ちはよくわかるし

殺意が起きたりするのも当たり前だと思う。

でも、それを集団生活の中で抑えられないということは

その人がいかに未熟であるかがわかる。

てきとうな大人に育てられるとこうなるのだろう。


だから大人には、尊敬に値する人間であってもらいたい。

少なくても、ものを教える立場の人達にはそうあってほしい。


俺が望むのはそれだけだ。


___________________________











まぁなんというか














欠点者が何ほざいても変わらないのが世の中だが。






悔しかったらいい点数を取ってみろ?










魔貫光殺砲なみに不可能だ

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